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とみるの映画日記

映画の感想。ネタバレちゅううい。

ロスト・ハイウェイ

リンチ イズ バック!

ミステリーかスリラーかホラーか不条理か…!1997年。

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デヴィッド・リンチ監督のです。リンチ節なので客を選びますね。

予備知識なしで、ゆっくり夜にでも見て欲しい。そんで、は?ってなってほしい。そのための映画です。たぶん。

 

はなしの始まりは、インターフォン

アルトサックス奏者の主人公、フレッドは、自宅のインターフォンから「ディック・ロラントは死んだ」という言葉を聞く。

その後、フレッドとその妻レエネの家に、ビデオテープが届く。なかにはレエネ?が殺されてる映像が 。。

そしてフレッドはいつのまにか…??

 

その後はもう、見て下さいとしか言えない。見て、ふわっとして下さい笑

いろんな解釈が出回ってますけど、それを鑑賞後に見てみるのもたのしんじゃって下さい。

不気味不愉快おもしろい。わらえる。意味わかんない。そんなやつ笑

 

ヘアスプレー

ハッピーなファミリーミュージカルだと思ってたけど結構深淵なテーマがいくつもビートのむこうにたくさん!

ダンス、生きる、自由、ビート、喜び。

こんな映画だと思わなかったよ。いい意味で。

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60年代風の華やかなダンスとミュージックで終始ハッピームードはもちろん楽しい映画。コメディ要素たっぷりで描くのは、ハイスクールに通うおデブだけどダンスが大好きなスターを夢見る少女、トレーシーがローカルTVのダンサーオーディションに行って、なぜか採用、一躍有名になっていくおはなし。それから話はどんどん大きくなり・・。

ハッピーな中に重いテーマもいくつか描かれてるんです。だから希望を感じるんです。

 

1 黒人差別

町やスタジオ、あらゆるところで、まだ根強い黒人差別がある。世代が上の人には特に色濃く。「黒人と付き合ってはいけません」「黒人の音楽なんて」とか、けっこうストレートに出てくる。

でも天真爛漫でダンス大好きなトレーシーは、学校で知り合った黒人の友達に黒人街に誘われ「クール!」と素直によろこぶ素直さ。

ブラックのほか、中国人、おデブへの差別。マイノリティへの目。

一緒にダンスすると打ち解けちゃうんです。若者たちは。

 

2 人生を楽しむことへの障害は自分のこころに

母親を外に連れ出す。引きこもりで自信のない太っちょママ(特殊メイクのジョン・トラボルタ!)

ようこそ60年代へ!と唄うトレーシーに引きつられ街へ久しぶりに出てくる。次第に人生を楽しもうとするママ。

人と違うことが喜ばれるのよ!っていっておデブに開き直ってじぶんを開放するトレーシーがかわいいのだ。

 

3 好きなものは好き!

母親の懸念を振り切ってダンサーのオーディションを受けに行くトレーシーの若い情熱が、周りの人をも変えて、運命も変えていくことになるの。新しい時代も切り開いてしまうの。差別のない世界、愛のある世界。

 

4 新しい世代への軽蔑と恐れ

新しいものを受け入れられない、かつてのトップスターベルマ(ミシェル・ファイファー。めっちゃきれい)凝り固まった規制の価値観を捨てられず、それを軽々と超えて行こうとするトレーシーをつぶそうとする。気に入らない。

黒人、黄色人、おデブも締め出そうとする。でもでもそれで苦しむのはほんとうは本人なんだよね。

 

5黒人の生の声

お金がない、差別される、でも生きる力がある、思いっきり自分を表現して楽しむ人生への態度。そしてヒップなダンスと歌がもうね、体うごいちゃう。

 

あんまりフィーチャーされないけど、トレーシーのお父さんもとぼけてておもしろい。頭の中になんの障壁もなくて、たよりないけど飄々と自分を生きてる自由人。そうみえないけど。ママとけんかして、ぶーぶークッションで寝てるシーンが情けなおもしろい。

 

後半で、あんなに愛してたTVショーを蹴って、黒人の差別反対デモに参加するトレーシー。自分のこころにただ従った彼女だからこその行動なんだ。つよい子だ。ほんとの勇気って、自分に正直であることなんだ。

後半戦の彼女は、自分ひとりのやりたい!を100%みとめて行動したことで、あらゆる差別も越えて行く対象になったんだろうな。

 

そんな重いテーマもたくさん入ってるんだけど、とにかくヒップでグルービーな歌とダンスでハッピーなミュージカルだから。

唄って踊れるぽっちゃりニッキー・ブロンスキーかわいい。さいこう。

最後のハッピーエンドでたたみかける怒涛のダンスと歌がとめられない。”川が海へ流れるのをだれもとめられない♪”

黒人の少年少女のダンスのグルーヴが胸にくるぞ。

最高の人生のはじめ方

癒し系ムービー。

けど邦題が、似たようなのいくつかあって紛らわしい。。最高の人生のつくり方とか、最高の人生の見つけ方とか。最高のともだちとか。

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いい人しか出てこないから癒し系。大きな事件もおきない。

簡単にあらすじ。主人公のモーガン・フリーマン演じる老作家モンテ・ワイルドホーンは6年前に最愛の奥さんを亡くして酒浸り、作品も書いてなくやさぐれてる。

ある夏に避暑地の家にきて、そのお隣さんであるシングルマザー(シャーロット)とその子どもたち三姉妹とふれあううちにこころの再生を遂げてハッピーエンド。

そんなシンプルな設定とストーリーです。

近所の人たちもみんなゆったりしていいひとたちなんです。

でもなんか見ていられる。こういうの退屈なひとには退屈なのかもしれないけど、無駄に景色の長回しがあるわけでもなくて、ストーリーの流れもテンポがあるし、三姉妹もかわいい。あと、犬がかわいい。

ひとつだけ気になったのは、コメディ要素がところどころにあるんだけど、それが、あれ?わらうとこだったかな?みたいな感じで弱いのでなんかぼんやりと過ぎていくとこ。でもこの映画はそのくらいでいいのかも。そんな癒し系。

 

ゆっくり過ごしたい休日とか、激しく感動とかはちょっとつかれるなーっていうときにちょうどいい。ちょうどムービー。

なんにせよモーガン・フリーマンの存在のやさしさが素敵。

人生、ここにあり!

イタリアで起こった実話を映画化した作品。コメディに仕上がってるけど、精神の病を持った人が社会に溶け込んで生きるために協同組合をつくる話なんだよ。社会派。

イタリアではロングランになる大ヒットだったそうです。2008年。

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1970年代後半、イタリアでは、バザリア法の制定により精神病院が廃止された。

その後の1983年ミラノ。実際は精神科元患者たちは病院の世話になっていて、行き場がなく、名ばかりの労働(切手張りなど)を施されてる。

そこに、労働組合員だったけどいろいろ革新的というか異端児すぎて組織を追われ左遷してきたネッロさんが左遷されてくる。元患者たちを見て、彼らにも経済に乗る労働をさせよう、と思い立って協同組合をつくる。

そして、床張り・内装の施工を請け負う組織を立ち上げます。

とある現場で、床材が足りなくなって、急きょ廃材を集めて寄木細工風な模様を作って仕上げるんですが、これが好評になってそっちの方向で注文が入るわけです。

 

最初は、ネッロさんが患者たちに「経済にのるしごとをして対価を得る」ことから教えるんだけど、それから自分たちの力を信じ始めて「自分でお金かせいで自分の部屋に住むんだ!」ってなってきた患者たちの盛り上がりったら気持ちよくて。

役者さんたちは実際に病院で過ごしたりして勉強したらしいのですがその演技がリアルというか。最初、切手張りだけして鎮静剤たくさん飲まされてズルズルしていたのが、仕事を得て社会に出て収入を得ると表情が一変。これはみてほしい。別人のように生き生きしてくるのですごく伝わってきた。

 

ネッロさんは精神病については素人なんだけど、薬の量が多すぎるんじゃないかってことを患者を見てて思って、また同じように感じてる別の医者の意見もあって、減薬をさせる。もちろん担当医は「危険がないように」という考えがあって処方していたんだけど、それが体と頭の不自由になっていた部分も大きくて。

ここは実際、精神科の治療では難しいところだと思うんだな。

生活するために、薬をゼロにすることは不可能という意見もある。本人や近しい人に危険が及んだりするのを防ぐことも必要。でも、本人が心地よいすっきりした気分でなるべく過ごせるようにというところも絶対にはずせないからね。。

 

映画の話にもどると、この患者たちが個性的で楽しいんだな。それぞれ社会適応が難しいだけあって「ふつう」にはやれないそれぞれ。でも、熱血なネッロさんがそれぞれの特徴を生かして割り振ったりする。

自閉症でひとこともしゃべらずいつも険しい表情をしている患者を「理事長」に抜擢して立派なスーツを着せて、値段交渉の打ち合わせの席に同席した場面なんて笑える。

一言もしゃべらないから相手方は「威厳がある」なんて勝手に思って交渉成立。

ほかにも、人を管理しないといられないひとは「マネージャー」細かい作業が得意な若者たちは「職人」男性にもてまくるという妄想のある女性は「電話係」など。

 

そんななか、メンバーのひとりが出会った女性に恋をして・・

これがかなり重要なキーになってくる。重いテーマも含んで。

だけど全体に軽くたのしく、その奥に生きてる喜びみたいなもの、ありふれた表現だけど、あるので、それに精神科診療の問題点とか、そもそも人間てどうあるのが幸せなのかとか、簡単に書いちゃうけどそんなものがいろいろ感じられてしかもイタリアのコメディタッチなので見てほしい。

 

もっと大きく取り上げられてもいいのになあ。この作品。

日本の精神保健学会ではこういうアプローチ、どう取り上げられるのかな。

もっといろんな、それぞれに偏ってるひとがいてそれが当たり前になってる社会っていうのが、結局みんなにとって「居やすい」「やりやすい」社会だって思う。

 

イタリアでは、今もその数をどんどん増やして、精神科患者による労働組合は稼働しているそうです。すすんでいるなあ。

 

 

最高のともだち

アントン・イェルチンロビン・ウィリアムズ。最高。

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2000年代のパリ。ニューヨーク出身で挿絵画家をしている中年男性、トミーのモノローグから映画は始まる。

トミーはフランス人の奥さんと子供がいるが、こころに何か抱えていて、全てを開けないでいる。それは彼の13歳のころのできごとが関わっている。

時代はさかのぼって1970年代のニューヨーク、もうすぐ13歳になるトミー。親友は、当時でいう「精神薄弱者」のパパス、41歳。二人は精肉店で配達のアルバイトをいっしょにしていて、いつもいっしょにふざけあっている。パパスの心は少年のままで、ふたりは対等な仲間だった。

しかしトミーは少しずつ大人になってきていた。好きな女の子と親しくなりたいと熱望したり、男性、になっていく体。

パパスの行動がすこしずつおかしくなっていく。パパスが絶対なれないもの、「おとな」。トミーがそれになりはじめたことで、ふたりの関係が変わることは避けられない。。

 

わたしが個人的に大好きな俳優さん二人がダブル主演みたいになってるので、わっ面白そうと思って見たら、みたことある映画だった。忘れてた。でもやっぱりいい。

邦題は「最高のともだち」だけど、原題は”HOUSE of D”。これは物語のキーになる建物である女子刑務所の呼び名みたいなんだけど、この原題のほうが詩的だし、なんていうか物語全体を包み込む感じで合ってると思うんだけどな。

 

ロビン・ウィリアムズ氏はもうもちろん素晴らしいんだけど、アントンくんの演技がもう繊細で、はまり役で、悩みを抱えた心の揺れをその目で物語ってしまっている。表情が繊細なんです。若いのに。すごい。やっぱり早すぎる。この人のお芝居がもうみれなくなるなんて。ね。。

 

この映画、最初に見たときは子供目線で、学校の先生や、トミーのうつ病っぽい母親とかをいやな大人だって感じてたんだけど、見返してみてわかった。この話には根っから悪い人間は出てこない。その矜持やこころの痛みのせいで、いつも子供たちの味方ではいられないけど頑張って生きてた大人たちが出てくる。

子供だけが繊細な存在なのではない。

パパスはその間の存在なのかな。おとなとこどもの間で、どちらでもない。

 

トミーが好きになる少女メリッサは、子供なんだけどちゃんと女性として自立してる。大げさには描かれないけど。この子はパパスを平等に見るし、トミーともちゃんと向き合おうとする。13歳であの落ち着きってあるかなあ・・まあ映画だから。

メリッサはトミーとダンスパーティーで踊るんだけど、トミーったら気合入りすぎてド派手な明るいオレンジ色の服上下でやってくる。その気合感。がんばろうとしてズレちゃう、大人になるまえの感じのお茶目さ。

そんなトミーと踊りながら、メリッサ「あなたの来てる服・・。オレンジ。」って言うシーンがかわいくて笑える。

 

一方でパパスは、おとなになっていってしまうトミーに対して言い知れぬさみしさを感じていたんだろうと思う。それは、失われてしまう恐怖。大事なものがなくなる悲しみ。それで最初の事件をおこす。二人で買おうと言ってた自転車を盗む。

それはパパスの愛。パパスの愛は永遠の友情。パパスは永遠の少年だから。

 

 

女子刑務所の独房にいる「レディー」(エリカ・バドゥ)とトミーが親しくなるんだけど、刑務所の中のレディーは顔がみえないから、格子窓から声だけでトミーの相談をしばしば聞く。

ダンスの練習をさせるために、BGMがわりにレディーが独房でアカペラで歌を唄うシーンがある。エリカ・バドゥが薄暗い独房で、一人の少年のおとなへのステップのために唄うんだな。これはじんわり染みてくるようなすてきなシーンなのでじっくり見てほしい。独房の自分のためにも唄っているのだろうなあ。

 

 

パパスが起こした事件のせいで、話が少しずつ大きくなって、トミーは奨学金停止。トミーの母親は鎮静剤を飲みすぎ、脳死状態に。身寄りがなくなるトミー。絶望してレディーのもとへ気持ちをぶつけにいく。レディーはトミーにけしかける。「トミー、RUN!走れ!それでも自由なんだから!もう二度と話したくない。」

突き放され走り出すトミー。

向かった先、病院で、眠る母親につけられた機械や管を取り去る。。

医者が駆けつける病室、そのベッドの下に隠れ、声を殺して泣く13歳になりたてのトミー。。

このことは30年、トミーの心を縛ることになる。

 

その後すぐ、トミーはパパスを残してフランスへひとり発つ。

少年時代の終わり。

 

30年を経て、自分の過去と向き合うためニューヨークに帰ってきた中年のトミー。

レディーを探し出して、会いに行く。

「トミー こうなるしかなかったのよ」「お母さんもわかってくれるわ。」

時を超え、レディーの言葉によって時間が止まったニューヨークにはトミーへの赦しが舞い降りる。

解かれた。もう罪はない。まっさら。

 

30年で解かれたものはそれだけではなかった。

時代が変わり、マイノリティへの見方も変わったのだった。

障碍者の呼び名も変わった。

パパスがかつて心底願った「何も変わらないように」という祈りは叶わなかったんだけど、時代とともに明るいほうへ変化したものもたくさんあったのだった。

 

涙をさそう映画ではない。

ふしぎな希望と人間愛みたいなもの、そんな、生きてることをそのままで受け止めてくれるような懐のふかい映画だっておもう。いろんな人に何度も見てほしい。

鍵泥棒のメソッド

レビュー二作目にして邦画です。

おもしろかった。素直に。

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正直もっと、スピード感があるというか、いい意味でガチャガチャしてるのかと思って見たら、むしろひとりひとりじっくり描いてある。

 

金がなくて役者としてもいろいろ終わってて死んじゃおうとしてる俳優のたまご35歳の桜井(堺雅人)が、むしゃくしゃしながら銭湯に行ったら、風呂場で滑って転んで記憶喪失になった殺し屋コンドウ(香川照之)と、出来心で入れ替わってドタバタする話。

そこに、34歳女性の雑誌編集長・水島(広末涼子)がからんでくる。水島は病床の父親を安心させるために早急に結婚相手を調達?しようとしてるひとで。たまたま出会ったコンドウと親しくなり、求婚してしまう。と。

記憶喪失のコンドウは、銭湯での所持品から自分は桜井という売れない役者だと思い込んで、絶望したりしながらも、いちからお芝居の勉強をはじめて頭角を現したりしてしまったり。

コンドウはもとから几帳面でまじめな性格なので、その片鱗が出てるところがおもしろい。桜井のアパートのきたない部屋がきれいに片付いてたり、記憶喪失なのに人間関係には段階が必要と思ってたり。

あと桜井の服がぜんぜん似合ってないコンドウもおもしろい。衣装が絶妙。

エキストラ出演した撮影でチンピラ役に抜擢されて、スタッフにほめられ「いいよ、悲壮感ハンパない」とか言われてるのおかしかった。

 

もう、役者さんがみんなすばらしかった映画。

コメディをやることはやっぱりすごいなと思った。

どの役者さんもディテールの表現がうまいので、お芝居の世界観にスッと引き込まれて笑える。素直に。

香川さんなんて、殺し屋のときと記憶喪失のときと、別人みたいに顔が違う!

堺雅人さんは全身でダメおとこやってて気持ちいいんだけど、ところどころ、ドラマ「リーガルハイ」の古美門せんせいを彷彿とさせる活きの良さというかゴムまりみたいなマンガ感があってすごく魅力的。

広末さんは、すごいまじめで頑固で意志の強い、でもそれが過ぎてちょっと浮いてる編集長の役。あんなに美人なのに、合コンのシーンではちゃんと浮いてて、美人にみえなくてすごい。

 

現代の日本が舞台なんだけど、デフォルメされた設定とキャラクターでなんか寓話みたいな感じがする。コメディだからなんだけど。

 

とにかく役者さんの妙技にのっかって楽しめる映画。エンタテインメント。

内田けんじ監督の脚本もわかりやすくてみやすくて言葉がシンプルで、でもコミカルでよくできてるんだなあ。

 

 

死刑台のエレベーター

レビュー第一作目は古い映画からです。

ルイ・マル監督の、有名なサスペンス映画。

モノクロフィルム。1958年の作品なんだそうです。フランス映画。

 

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60年近く前の映画なんだって!主要人物はキャラ立ってるし、先は読めないし、フランス映画ってすごいね!

なんか全体に、ドライというかさらっと描いているように感じられたのは、現代の緻密な映画やドラマの造りに慣れてるからなんだろう。

現代版でリメイクしたらすごく面白いのができそう。その際は脚本はあんまり変えないで、心理描写を盛ってほしい。

 

あらすじ:

なんかでかいめの会社の社長さんの奥さんと、その会社の社員が不倫してて、その奥さんと間男が社長を自殺に見せかけて殺して、ふたりでトンズラしようと計画してる。無事に間男が殺しを完了して、窓から自分のフロアに戻ってきて、退社。が、社屋の外で車を出そうとして、窓にロープを残してきてしまったことに気付く。しくった。で、エレベーターで急いでロープとりに行ったんだけど、乗ってる途中で警備員?にエレベーターの電源を落とされちゃう。さあて閉じ込められた、どうしよう!

一方、社長夫人は旦那を殺した間男と待ち合わせ予定だったのに来ない。そこに間男の車が素通り!しかも女を乗せてる!社長殺しにひるんで女と逃げたんだ、ゆるせない。

実はエレベーターに向かった間男が残していった車に興味津々だった花屋の娘の彼氏が勝手に車を乗り回してただけでした。花屋の娘も乗り込んで、若い二人はそのまま盗難車でハイウェイに向かう。

 

 

役者さんがみな美しい。主人公の社長夫人(ジャンヌ・モロー)がひどい美しい。ゴージャスブロンド。そして不穏。このひとのダークな感情が、映画全体に響いてる。

自分と恋人がよければいい、っていう切実さが、自分たちさえよければいい、っていう冷徹に変わっていく。

花屋の娘役の女優さん(ヨリ・ベルダン)もかわいい。ショートカットで。この娘さんとその恋人がかなり重要な役どころなんだけど、最初から若さ満開で危なっかしい。あとで勝手に大変なことになって、その結果、恋人と共に簡単に心中しようとしたりして、これも身勝手。

そのまえにこの花屋さんの彼氏が意味わからないくらい適当で場当たり的ですっとこどっこいなんだけど。

 

と、ストーリーはそれぞれの「身勝手」が押し進めていくんだけど、それがうまくいくはずもなく。。

最後のシーンの演出はなんかドキッとした。思考回路が固定されてる、視野の狭い人間のその思考の中での絶望感が、どうしようも救われなそうな気がして。

ここにきても、自分の若さが刑務所の中で費やされることを気にしてるんだな。。

 

なんか、人間の執着は視野狭窄をひきおこして悲劇をまねくって感じがしたけど、どう見てもいいしエンタテイメントとして素直に見よう。そう思った。

 

ところでこの監督は25歳でこの映画をとったらしいですね。よく撮れたなと思ったら、おかねもちのいえの子らしくて、映画ってお金だいじだよねと思った。

いや25歳で撮ったものが現代でも通じるプロットってすごい。

行動力にばんざい。若いってすごい。